Contents
1. 理想はフロントランナーである
地元、神戸の先輩たち
第三次登山ブームと言われる近年、SNSの急激な普及で登山文化の継承のスタイルが変わりつつある。戦後すぐに海外の登山が解禁されて、マナスル(ネパール、標高8163m)に日本人が世界初登頂。それをきっかけに第一次登山ブームが起きた。1990年代半ば、テレビ番組から火がつき、中高年が日本百名山に魅了されて第二次登山ブームへと突入したと言われている(諸説あり)。そして2005年頃から第三次ブームが巻き起こる。レジャー白書の登山人口の統計では2009年に登山人口がピークとなり、2010年の流行語大賞に「山ガール」という言葉がノミネートされ、若い登山者が急激に増えた。
花谷氏「僕がガイドを始めたのは2007年、31歳のとき。第三次ブームを迎えた頃で、若い登山者が急激に増えました。前のブームの先輩方と一緒に山に登り、いろいろ教えてもらった最後の世代なんです。だからそのバトンを後世へとつながなくてはいけないと思っていました」
高校と大学時代の山岳部においても、先輩からルートの作り方を教わったり、ロープワークを学んだりすることなど、共に登山をすることで、目で見てその場で聞いて登山にまつわるありとあらゆることを吸収してきたと言う。
花谷氏「最近は登山者同士のコミュニケーションや情報収集の方法が少しずつ変わってきていますよね。SNSで情報を集めて山を楽しむ。もちろんこれはとてもいいことだと思いますが、これだけでは情報が断片的になってしまいます。これまでの登山の発展は過去からの蓄積があってこそのことで、道具ひとつとってもそうなんです。こうした過去の財産が継承されないことへの危機感があります」
プレイヤーからオーガナイザーへと舵を切った花谷氏は、登山文化が途絶えないために、自分しかできない方法で継承と発展をさせていこうと心に決め、それが活動のモチベーションになっている。これからさまざまな活動を展開していくのだが、そのお手本にしている人がいるという。
花谷氏「地元、神戸の先輩たちです。僕が小学生の頃に入っていた神戸市少年団登山教室は2018年で50周年を迎えました。その間、六甲山の魅力などを発信し続け、子どもたちに脈々と受け継がれています。また地元の先輩に面白い人がいるんです。例えば、昭和50年に火災にあった宿坊の跡地に訪れる廃墟ツアーをしたり、台風で倒折れた木をそのままにしたりしてそこをハイキングで通ったり。しかも看板が押しつぶされている状態。普通なら倒木を取り除くのに、これこそが自然だと言うのです。お金をかけて新しいものを作るのではなく、今あるものを活用して面白くするのがとても上手。神戸には神戸の、北杜市には北杜市のやり方があるので全く同じことが通用するわけではありませんが、その考え方は学ぶところがあります」
今あるものを活用して、何ができるのか、それが次なる花谷氏の挑戦となる。
2. 登山文化の継承と発展のための仕組みづくり
魅力ある登山道を維持する『登山道の整備』
地元、神戸の先輩方からインスピレーションを受けて動き始める。また前の世代の先輩たちから教えてもらったことを次の世代へバトンタッチしたいという思いがモチベーションとなり、さまざまな活動を始める。
花谷氏「活動の大前提は登山文化との継承と発展のために何ができるか、ということ。そのために行政や地元の方に理解して協力もらうことも大切。また、行政と、山小屋やアウトドアブランドなどの事業者、そして登山者などの受益者でお金や労力といった負担を分散するという仕組みをいろいろ考えています。それが今年になって少しずつ形になりつつあるものが3つあって、ひとつは登山道の整備、2つめがMOUNTAIN TAXI (マウンテンタクシー)、3つめは子どもの登山教室、北杜 山の学校です」
実はこの3つの事業は、北杜市とアウトドアブランド「THE NORTH FACE」が地域活性化のために包括連携協定を締結した事業。その橋渡しをしたのが花谷氏なのだ。北杜の山の新たな魅力づくりや登山客を増やしたり、足を運びやすくしたりする、また山の魅力を子どもにも伝える、そうした思いが一致してのこと。
花谷氏「早急に進めたかったのが登山道の整備です。今までは山岳会や地元の方々がやってくださっていたけれど、高齢化に伴いそれがだんだん難しくなってきたという現実があります。そこで行政や事業者、地元の人だけでなく、山から恩恵を受けている北杜市内外から来てくださる登山客も巻き込んでお金と労力を少しずつ出し合って登山道整備しようと思いました。その手段として、どのような方法があるかを調べていたんです。それが案外簡単にネットで見つかったんですよね」
人づてにいろいろ調べて時間をかけるより、こうしたフットワークの良さや軽やかさは花谷氏の強み以外のなにものでもない。
花谷氏「北海道の大雪山で近自然工法という方法を用いた登山道整備です。その第一人者である岡崎哲三さんを講師に招いて座学とフィールドワークを、ようやく今年の7月に行うことができました」
この方法で登山道を整備することについては「THE NORTH FACE」と花谷氏の意見が一致。北杜市の団体である「北杜市南アルプスユネスコパーク地域連絡会」が主催し、「THE NORTH FACE」が活動を支援し、地元の調整や準備は北杜市が行うという形で実現した。
花谷氏「受益者同士がお金と労力を分散する仕組みのアイデアのひとつとしてふるさと納税の活用を考えています。例えば寄付金の5割は自治体に入るのでそれは登山道整備の財源とし、返礼品に充てられる3割を登山道整備ツアーの参加券にするとかね。こうしたアイデアがあっても僕では実現できない。だから行政に仕組みを作ってもらい、僕らのような事業者、登山客とで連携することで、山にかかわる人、つまり受益者が労力とお金を出し合って活動することができるんです。この活動のいいところは、登山整備をした山は登山者にとっても特別な山になる、そして何度も訪れたくなることです」
駅と登山口を結ぶ『MOUNTAIN TAXI (マウンテンタクシー)』
2つめの「MOUNTAIN TAXI」は小淵沢駅から、南アルプスの甲斐駒ヶ岳の登山口である尾白川渓谷と、八ヶ岳南麓の登山口、観音平へアクセスできるタクシー。このあたりはバスがなく、自家用車かタクシーでしかアクセスすることができないもどかしさの解消になった。
花谷氏「通常、小淵沢駅からだと尾白川渓谷まで4、000円かかってしまうんです。もしおひとりで来られた方がいたとしたら結構な負担ですよね。その負担を減らすために、週末に限り、予約制で定時運行をして登山口まで送迎するシェア型登山タクシーを作りました。このタクシーは「THE NORTH FACE」のラッピングをして協賛費を出してもらうことで実現したのです」
金曜、土曜・日曜・祝日に限り、小淵沢駅に特急あずさが到着する時間に合わせて乗れる。しかも一律で片道1000円。最大6人まで利用できる。
花谷氏「このエリアは首都圏から電車で2時間。こうしたタクシーがあれば、登山客にとってかなりアクセスがよくなり、今までより北杜市がずっと身近に感じられると思います。実はこの企画、南アルプスの北沢峠にあるこもれび山荘を管理していた大学の先輩のアイデアなんです。先輩が”南アルプスの林道バスをラッピングできたらおもしろいよね”と言ったときに、すかさず”そのアイデア、もらってもいいですか”と言って、今あるタクシーに、THE NORTH FACEのラッピングをすることを思いついたのです」
今あるものを利用して、面白いと思ったアイデアを、アイデアで終わらせない、すぐさま行動に移せる瞬発力は花谷氏ならでは。
子どもたちの登山のきっかけづくり『北杜 山の学校』
3つめは子どもの登山教室、『北杜 山の学校』だ。登るのは南アルプスユネスコエコパークエリアにある中山(標高888m)、山頂に真っ白な砂浜が広がる日向山(標高1660m)、日本百名山を書いた深田久弥氏が最後に登った場所としても知られる茅ヶ岳(標高1704m)。いずれも3㎞前後のコース。
花谷氏「部活に野球やサッカー、バレー、バスケがあるように、登山もその選択肢のひとつになればいいなと思い、小中学生を対象に2020年にスタートしました。残念ながら今年は開催できていませんが」
登山という選択肢があれば自然の中で学ばせるチャンスとして親御さんたちもぜひ子どもにやってほしいと思う人も多いのではないだろうか。
花谷氏「登山をすると防災のときの対処能力が高まるなんて言う人もいますが、それはあくまでも結果論。子どもたちが山に登ってなにか感じてくれればいい。だから一緒に登っても、山の歴史を語ることもなければ、小難しい話はしません。むしろゲームの話なんかで盛り上がっています」
包括連携事業とは別に、2021年は新しい試みもあった。「登山トレラン」と題して登山とトレイルランニングを同時に行うというものだ。登山とトレイルランニングは、山で活動するという意味ではフィールドは同じだが、スタイルは大きく異なる。登山は、登山道で出会う木々や植物、動物に触れるといった目の前にある自然を堪能しながら非日常を味わう。一方、登山道を含むトレイルを走るトレイルランニングは、いかに気持ちよく走るか、時には速く駆け上がったり、駆け下ったりもしながら風や木々の匂いなど自然を感じ、走り切った達成感を味わえる。ともに山を愛し、楽しむ気持ちは同じだが、そのスタイルの違いなどから、ときに感情的なもつれに発展することもある。甲斐駒ヶ岳黒戸尾根は、登山、トレイルランニングのみならず、クライミング、沢登り、釣りや山岳信仰など、今でも多くの人が行き来しており、多様性のある登山道。この甲斐駒ヶ岳黒戸尾根を舞台に、さまざまな活動を行う人々がお互いをリスペクトする気持ちと行動を培うための企画を行う。そこにプロのマウンテンアスリートであるヤマケンさんこと山本健一さんが登場する。花谷氏の企画・プロデュース力の真骨頂である。
花谷氏「ここ十数年で人気が高まってきたアクティビティであるトレランと、昔から根強い人気の登山の融合です。まずは登山スタイルで黒戸尾根を登り、七丈小屋で1泊。道中は山の歴史などを僕が紹介しながら登ります。山小屋で1泊したら、翌朝早朝、大きな荷物は小屋に預けて軽装で山頂へと上がります。この時は国内外の数多くのレースで活躍するマウンテンアスリートの山本健一さんが引っ張ってくれました」
登山好きな人にとっても、トレランばかりに夢中になってきた人にとっても、あまりに豪華な講師陣で、募集をかけたらあっという間に満員御礼だったそう。
花谷氏「参加者も登山好きな人もいれば、トレラン好きの人もいます。登山もトレランも山をフィールドとしていているものの、その交わりはあまりないのが実情。けれど、こうしたイベントを通して交流することでお互いの理解を深めることもできる。これもまた登山文化の発展につながると思います」
3. 北杜市の自然に多くの人が魅了。その仕掛けづくりが面白い
北杜市は、南アルプス 甲斐駒ヶ岳、八ヶ岳、金峰山、瑞牆山など、名だたる山々に囲まれ、南アルプス国立公園、八ヶ岳中信高原国定公園などの自然公園をはじめとする雄大な山岳景観が魅力だ。さらには清らかで豊富な水を有する地でもあり、尾白川渓谷では天然水のCM撮影なども行われたこともある。この自然豊かな北杜市の登山文化の継承と発展に奔走しながらも、地域活性化に尽力する。
花谷氏「僕の活動のことを、いろいろな方々が地域創生につながるといった評価をいただくことがあります。でも、僕自身はまったくそんなことは考えていないんです。小学校に上がる前から山に登りはじめ、山で遊び、山からいろいろなことを教わった。山は僕にとって生活の一部。どの山が一番印象的かとか、なぜ山に登るのかと聞かれても答えはありません。ご飯を食べたり、歯を磨いたりするのと同じ感覚。でも楽しいし、それをいろいろな人に知ってもらう仕掛けができることってめちゃくちゃ面白い。山やアウトドアでの活動が大好きな僕からすると、まだまだ北杜市の大自然の魅力や立地の好条件などを活かしきれていない。だからこそポテンシャルがある、アウトドア天国になる可能性のかたまりみたいな街です。そんな街が僕の今の活動拠点です」
撮影/下山展弘 取材・文/峯澤美絵
お話を伺いした方
花谷泰広(はなたにやすひろ)
1976年、兵庫県神戸市生まれ。子どもの頃に登山に目覚め、高校・大学と山岳部に所属。96年、20歳でネパール・ヒマラヤのラトナチュリ峰(7035m)を初登頂して以来、頻繁にヒマラヤなどの海外登山を実践。2012年のキャシャール峰(6770m)南ピラー初登攀、13年には登山界のアカデミー賞と言われる第21回ピオレドール賞、第8回ピオレドール・アジア賞を受賞した。15年からは若手登山家養成プロジェクト「ヒマラヤキャンプ」を開始。現在は山梨県北杜市をベースに、甲斐駒ヶ岳の七丈小屋の運営、甲斐駒ヶ岳のふもとにあるアグリーブルむかわ及び駒ケ岳スキレットの運営などを行いながら、JR小淵沢駅から八ヶ岳と南アルプス甲斐駒ヶ岳などの登山口を結ぶシェア型登山タクシー「MOUNTAIN TAXI(マウンテン・タクシー)」の実現に尽力するなど、登山文化の継承と発展のために活動している。
ご利用頂いている医療用足底挿板のファンクショナルオーソティックス®
Northwest Superglass®
(ノースウェスト スーパーグラス)
主な特徴
- Northwest Podiatric Laboratory社(以下、NWPL社)の最高峰フラッグシップモデルの、医療用足底挿板であるファンクショナルオーソティクス®です。
- 「機能的な」という意味のファンクショナルの名の通り、ひとりひとりの足の骨配列や形状を考慮して、足の適切な動きをサポートすることを目的としています。